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Spatiotemporal Composition Works

清水チャートリー作曲個展

 

2014年6月22日(日)

両国門天ホール(東京都)

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プログラム:

 

開演ベル(2014/初演)for AIFF data

 

umbra(2012/再演)for violin

 

四季と雲海(2013/再演)for soprano saxophone and cello

 

重ならぬ界(2014/再演)for piano

 

fiddle(2014/初演)for string quartet

 

---休憩---

 

Shinkaigyo(2012/再演)for AIFF data

 

---トーク「Spatiotemporal Composition Worksについて」---

 

四季と雲海II(2014/初演)for shō and cello

 

 

Shō  真鍋尚之

Piano 佐藤祐介

Violin 榊原香純 

Violin 織戸香帆

Viola 内藤賢吾 

Cello 佐藤慧

S.Sax 田中泰美 

 

 

インスタレーション 宮内絢加 

展示 新藤翼 

 

 

作曲・企画 清水チャートリー

ごあいさつ:

  今日における芸術、特に現代音楽は、多くの人たちにとって「理解不能なもの」として分類されている。実験的要素の強いアカデミックな音楽が外の世界とは完全に断絶されている中、現代美術の市場はこの不況下に置いても拡大の一途を辿っている。ジャクソン・ポロックの抽象画が法外な値段で売られ、ヤン・シュヴァンクマイエルのシュルレアリスティックな映画が多くの国際映画祭で注目を浴び、文部科学省のデータによると、わが国の美術館来館者数は増加傾向にあるという。

  私は、現代音楽が社会から分断されてしまっている理由は大きく分けて二つあると考えている。一つ目は、エンタテイメントの発展とテレビなどをはじめとするマス・コミュニケーション(大量伝達)の普及である。テレビは放送する番組の視聴率が低ければスポンサーが付きにくく、必然的に制作に回る予算が減ってしまう。よって番組側は、可能な限り視聴者にわかりやすく(悪く言えば視聴者の思考機能を破棄させ)ストーリーを伝え、効果音などを有効に使用してチャンネル変更を阻止している。これは有効需要と供給とを支配する経済法則の一部であり、情報産業に非があるわけではないが、「わかりやすい」番組、「わかりやすい」音楽、そして「わかりやすい」情報に慣れている今日の我々が、「考えること」を強要される現代音楽から距離を置くのはある意味、当然のことだと私は考える。

  二つ目の理由は、現代音楽のアカデミズムである。シェーンベルクやウェーベルンの曲を理解するためには、専門的な知識が必要になってくる。十二音技法やピッチクラス集合論など、音楽大学の学生にとっても難しいトピックを学ばなくてはならないのだ。近現代の芸術音楽が、大学などの研究機関やコンサートホールの外では存在しないに等しいのも頷ける。

私は、21世紀を生きる作曲家として、二つの方法を用いて現代音楽を一般社会に浸透させたいと考えている。一つ目は、人々に親しまれているメディアとのコラボレーションである。映画音楽、空間インスタレーションに伴う音楽、美術作品に伴う音楽などを挙げることができる。既に多くのホラー映画では「無調音楽」が使われている。人は記憶に蓄積された情報(音)に遭遇すると安心感を覚えるが、記憶の中に存在しない未知なる情報(音)に遭遇すると不安を覚える。このような人間心理をうまく用い、現代音楽が必要とされる市場を開拓していかなくてはならない。

  もう一つの方法は、「オープン」なコンサートを社会に提示することだ。若手作曲家が主催する演奏会は、身内や知り合いばかりが集まる「発表会」になりがちである。客層を限定してしまうのではなく、攻めの姿勢で新たなポテンシャルを秘めた方々に興味を持って帰っていただける演奏会を企画しなければならない、と自負している。

  Spatiotemporal Composition Worksは、私の第一回作曲個展である。お届けする音楽は、「様々な種類の持続」をコンセプトに作曲、又は自作品の中から選曲した。音楽作品の発表だけでなく、インスタレーションや楽譜展示などを設置し、言語や経歴を問わず現代の芸術音楽に興味を持っていただいた全ての方々に、まだ主流でない「オープン」な音楽空間を提示したい。