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SEED 2021:バーチャル作曲アカデミーを終えて

本コラムは、雅楽協議会発行『雅楽だより第68号』に掲載された記事です。

 〝21世紀の西洋芸術音楽〟の作曲法を学ぶ作曲家の卵たちは一般的に、音楽大学や総合大学などで作曲家の個別指導を受ける。また、和声学や対位法などの音楽理論を習得する他、数多の楽譜を分析し、楽器法や管弦楽法を用いて各楽器の演奏法や複数楽器を同時に表現する最適な手段を学ぶ。理論の習得や楽譜の分析だけでなく個別指導を受けるのは、楽器の特性を「知る」ことが特に重要であり、多義にわたる演奏法を楽器奏者に実演してもらいながら、演奏法、記譜、そして音の関係性を把握する必要があるからだ。

 作曲家は常に新奇性を持つ表現を追求している。それは、時に作品のコンセプトとして表され、時に新鮮味のある音色として奏でられる。ヘルムート・ラッヘンマン(1935-)が歌劇《マッチ売りの少女》(独:Das Mädchen mit den Schwefelhölzern)で雅楽の笙を用いたのも西洋楽器が奏でることのできない音の特質と時間性を作品に組み込む意図があったように、今、西洋芸術音楽の作曲家は、従来用いられてきた西洋楽器以外の「音」を強く求めている。

 

 しかし、西洋芸術音楽のコンテクストで日本楽器が用いられてから半世紀以上が経つと言われているものの、未だ東洋楽器が多くの作曲作品に組み込まれるにはいくつもの高いハードルを越える必要がある。まず、音楽大学は西洋音楽奏者の養成機関であり、日本楽器を始めとする東アジア楽器の作曲法を教わる機会が圧倒的に足りていない。また、アメリカやカナダなどの英語圏を中心に「文化の盗用」という概念が芸術社会に広く浸透しており、作曲家が馴染みの浅い文化的要素を表層的に流用することに対する否定感を抱く者も少なくないと感じる。これらの問題に対する解決策の糸口は、東アジア楽器の作曲法を教わる機会をつくり、さらにその機会を表層的になぞるのではなく、直接、楽器や音楽文化に深く携わる師から学べる機会として提供することである。社会全体のICT化の進展により、情報や知識の共有コストが激減したことや、一流の指導者の授業をより多くの生徒が時間と場所にとらわれず受講が可能になったこともあり、この機会を提供する方法として、コロナ禍の真っ只中であった2020年の秋に筆者は、これまでの教育機関とは異なる作曲講習会となる「SEED 2021:バーチャル作曲アカデミー」の設立に思い至った。

 

 また、従来型の欧米の音楽大学において、東アジア音楽を学ぶ機会が不足しているのは上述した通りであるが、その結果「東アジア音楽」に割り当てられる、限られた大学予算や授業枠の奪い合いが日本、中国、韓国(朝鮮半島)の音楽文化専門家の間で起きているという、決して理想的ではない現状もある。こういった文化間の不毛なパイの奪い合いについても打破すべく、筆者は、中国楽器の作曲法に関する教本“TENG Guide to Chinese Orchestra”の共著者である作曲家のジュンイー・チョウ(JunYi Chow)をプロジェクトに迎え、日本楽器のみならず、東アジア楽器の作曲法を西洋芸術音楽作曲家に共有する形で進めていくことを選択した。第一期目に取り上げる楽器を日本と中国の笙とし、その楽器を伝統音楽、現代音楽の両面から濃密に指導いただける、宮田まゆみ、三浦礼美(笙)、そしてウー・ウェイ(Wu Wei;中国笙)の3氏をゲスト講師として招聘することとした。

 

 本作曲アカデミーの授業やイベントは全てオンライン上で行われるため、受講生の拠点は問わない。授業やレッスン、リハーサル等でのやりとりは基本、英語で行われる。この二点を前提とし、世界中の音楽大学や作曲家協会、現代音楽ポータルサイトなどで受講生を募ったところ、30を超える国や地域から172もの応募が寄せられた。その中から、過去作品や経歴、学修計画書、志願書などを総合的に判断し、本作曲アカデミーの受講生10名が選ばれた。受講生は大学生から中堅作曲家まで年齢的に幅広く、居住地も豪シドニーから米サンフランシスコまでの18時間もの時差を跨ぐ、多様な面々が集まった。また、惜しくも10名に選ばれなかった応募者にも、オンラインの特性を生かし、講義の録画映像を視聴できるよう限定的に動画を公開。聴講生としてSEED 2021に参加できる特別プログラムを用意した。なお、SEED 2021の運営資金はアジアン・カルチュラル・カウンシル財団(ACC)よりプロジェクト助成を、ニューヨーク芸術財団(NYFA)より財政保証(fiscal sponsorship)をいただいたため、運営費、そして受講生全員の学費を奨学金として支給することが可能であった。

 

 筆者は、作曲家が自身の創作において、とある楽器の可能性を最大限引き出すには、楽器法を学ぶだけでなく、その楽器が伝統音楽や古典音楽でどのように使用されてきたかを学ぶ必要性を強く感じる。また、アイデアを譜面に起こし、それを奏者に実演してもらい、必要であれば創作の軌道修正を行うことが重要である。SEED 2021の第一期は2021年4月1日から9月30日までの日程で行われた。この6ヶ月間のうち、最初の2ヶ月間で伝統音楽文化の紹介や現代音楽作品の分析、作曲技法、特殊奏法、記譜法などの講義をゲスト講師の方々に集中的に行っていただいた。続く2ヶ月間は受講生の創作期間とし、作曲レッスンや実験的奏法の音出しなどを実施。そして最後の2ヶ月間で幾度かのリハーサルを行い、ゲスト講師の方々に、作品を録音スタジオで収録いただいた。9月30日の最終回では、各受講生が作品を持ち寄り、自作品のコンセプトや特殊奏法などのプレゼンテーション を行った後、受講生間での質疑応答や批評が行われた。

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宮田まゆみ氏による講義「笙の現代音楽作品の分析」の様子(2021年5月)

 SEED 2021を終えた受講生からは、「ゲスト講師の方々に直接記譜と音の関係性に関する質問ができ、その答えを言葉での説明だけなく『音』で聴かせてもらえたのが非常に有益であった(受講生3)」や「半年間、他の作曲家と笙の作曲について考え、議論し合える場に自分がいられたことにより、より音楽や創作について理解が深まった(受講生8)」といった声がアンケートに記されていた。一方、「講義数を増やし、日程的に分散させることにより、膨大な知識や情報をもう少し効率的に消化できると思う(受講生2)」など、楽器の運指や構造、特徴、記譜法など、作曲するにあたり必要となる膨大な情報を最初の2ヶ月間で詰め込んだことに対し、日程的なゆとりを求める声も聞かれた。

 

 第一期の経験を基に、筆者とチョウは、2023年の本作曲アカデミー第二期開催を目指している。コロナ禍の収束を見据えてリアルなアカデミーを開校するのか、デジタルの強みを生かしてより多くの受講生や聴講生に東洋楽器の作曲法の知識と情報を共有していくのか、はたまたリアルとデジタルを織り交ぜた形が最適なのかといった開催方法や、次回アカデミーで取り上げる東洋楽器の選定など、考慮すべき点は山積みである。

 

 世界のグローバル化が加速する中、「音楽=西洋音楽」といった無意識的な思い込みは捨て去るべきである。西洋音楽を否定する意図などは全くないのだが、どうも「作曲を学ぶ」ことは「西洋楽器のための作品創作法を学ぶ」ことと解釈されることが少なくない。無論、21世紀の作曲作品は西洋音楽の理論や伝統に概ね基づいたものであるのは確かである。それを理解した上で、「非・西洋」の音を創作に用いるオプションがより身近にあれば、今後の音楽の世界はより面白くなると筆者は一人ほくそ笑んでいるのである。