現代音楽の中の笙(2):音響分析と創作

本コラムは、雅楽協議会発行『雅楽だより第61号』に掲載された記事です。

 音楽家にとって、「音を知る」ことが重要なのは言うまでもない。従前において音の分析は、主観的かつ抽象的な表現を多く用いて語られてきた。音は、目に見えない現象であり、時間の経過とともに流れ去るという性質上、聴覚による音の正確な分析は非常に難解なものであったはずだ。技術の急激な発展により音が可視化され、我々は視覚を用いて音を多角的な視点から数値化し、物理的性質を把握することが可能になった。近年では、ジョージ・ルイス氏(1952-)やハンス・トゥチュク氏(1966-)など、スペクトログラムを用いて音の倍音構成や物理的性質を正確に測定し、そのデータを創作プロセスに応用する作曲家も少なくない。また、エイフェックス・ツイン(本名リチャード・D・ジェームス/1971-)のように、スペクトログラムに特定の図を埋め込み、それを可聴化する試みも行われている。

 

 2019年春、私は仏ストラスブール音楽大学電子音楽研究所で研究員を勤めるイヴァン・ソラノ氏と共同で、笙の音のスペクトル分析研究に携わり、同大学にてその結果を発表した。音響分析ソフトウェアは、IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)が開発しているAudioSculptを使用。この共同研究の目的は、笙の単音、合竹を含む和音、そしてグリッサンドなどの奏法を収録し、周波数解析を行うことにより入手したデータを用いて作曲に応用することであった。

イヴァン・ソラノ氏(左)と筆者(2019年5月撮影)

 本プロジェクト発足のきっかけは、ソラノ氏が2018年に作曲を開始した、笙とソプラノサクソフォーンのための《Kotsu-Shichi ~Studies on light and movement~》にて、楽器間の微細な音響的テクスチャの微調整に、倍音構成や各音程の音響的性質に関する精密な情報が不可欠だったからである。7つの楽章からなるこの作品は、「月の光と闇」を、主にG#とC#の二音と、そこから15セント以内に収まる僅かな微分音で表現した作品となっている。二つの楽器が同音を鳴らし(第1楽章・第6楽章などを参照)、サクソフォーンのヴィブラートなどの奏法を用いて、ソラノ氏のイメージする「光と闇」を描写する作品だ。また、メトロノミカルな拍子を感じさせない、笙が得意とするコノメトリカルな時間性を活かした作品でもある。コノメトリカルな時間性については、前回のコラム(雅楽だより第60号『現代音楽の中の笙(1):笙と西洋五線譜』)でも詳しく説明しているので、参照していただきたい。

イヴァン・ソラノ《Kotsu-Shichi ~Studies on light and movement~》2018 © ivansolano.net

 音には大きく分けて、(1)音の高さ、(2)音の大きさ、(3)音の長さ、そして(4)音色、という四つの要素がある。笙の場合、(1)から(3)までの項目は、楽器の構造的或いは奏者の力量的に可能な範囲内であれば、対象ユニットの拡張または縮小が可能である。一方で笙の音色は、音高や音の大きさとは無関係に、極めて均一であり、楽器の構造上、奏法を用いて音色に大きな変化を与えるのが困難な事実が、我々の音響分析からも読み取れる。笙の単音のスペクトログラムで見られる現象の一つが、第2倍音と第4倍音が、データから確認できる他の倍音に比べ、相対的に目立っていることだ。大蔵康義氏(2004)によると、第2倍音は「基音に明確さと輝き」をもたらし、第4倍音は「一層の輝き」を生み出すとある。このことから、笙の明るく、透き通った音色が説明できる。また、合竹を含む和音を演奏することにより、単音同士の周波数の違いがうなりを生み出し、差音が発生する。

 

 ソラノ氏は、単音のスペクトログラムに見られる二つの点に注目した。まずは、基音の頭の手前(音が鳴る目前の位置)より、上に縦線を引く。その後、倍音列の各倍音の頭の先を繋ぐように縦線を引いていくと、「ワニの口」が出来上がる。これは、倍音が基音よりも遅れて鳴っていること、加えて基音の音高が高くなればなるほど、各倍音の出る遅れが拡大していることが窺える。また、7000Hzより上に位置する倍音の多くに、下方へのなだらかなピッチベンド的現象が見られる。「これは管楽器のスペクトログラムに多く見られる現象であり、音を出す際、空気圧の作用もあり、高い周波数が押し上げられるために、僅かだが、倍音よりも高い音を確認することができ、その後、倍音に収束していく」とソラノ氏は解説する。その差はミリ秒以下の単位で起こっている現象であり、その情報を直接的に作曲に応用することは極めて困難だが、ソラノ氏は「人間は聴こえた音を瞬時に、直感を用いて感じ取るため、このデータは非常に重要で貴重」と言う。楽器とエレクトロニクスのための作品作りにも、この種のデータは応用できそうだ。

毛(F5)の倍音構成と性質を表したスペクトログラム

 研究結果の共同発表後、私はドレスデンにデータを持ち帰り、西洋楽器の音のスペクトル分析データと参照してみた。データは、一般的に知られている楽器奏法の音は元より、様々な素材を使用したプリペアド・ピアノや管弦楽器のミュート付き奏法など、計1000を超える音源を可視化して比較。その結果、笙の倍音構成と波形の特性が、ゴム製練習用ミュート付きのヴィオラのスル・ポンティチェロ(弓で弦を擦る際、楽器の駒の近くで音を出す奏法)の周波数領域との類似性が判明した。スウェーデンのVisby International Centre for Composers(ヴィスビュー国際作曲家センター)からの支援もあり、そのデータを参考に、笙とヴィオラのための《ミミ・スペランキング》を作曲。本作品は、とある音程から別の音程までのグリッサンド移動が至って困難な笙と、各弦の音域内であれば問題なくグリッサンドが可能なヴィオラの楽器的特徴を作曲に組み込んだ。その上、スペクトログラムで確認できる音響的特徴を最大限活かし、ゴム製練習用ミュート付きのヴィオラ(スル・ポンティチェロ)と笙が同音(もしくは特異的な倍音同士のハーモニー)を持続的に鳴らす中、ヴィオラの緩やかなグリッサンドを用い、徐々に拡大する音程の不一致から生まれる差音が解き放たれる。同年夏に、真鍋尚之、多井千洋の両氏に演奏をお願いし、同作品を東京で収録。現在は、#Followmyscoreにより、楽譜、音源ともに動画共有サービス「Youtube」にて公開されている(“Chatori Shimizu — Mimi Spelunking [w/ score]”と検索)。

ミミ・スペランキング (2019) © chatorishimizu.com

 現代音楽は、時に「新しさ」が過剰に追求され、それが称賛される(新しさの定義については、議論の余地が大いにあるので、ここでは敢えて省かせていただく)。私はその事象を手放しに賛同している訳でも、自分の創作過程で「新しさ」を特段意識している訳でも、重要視している訳でもない。その上で、楽器の持つ「音」をより緻密に、正確に理解することによって、結果的に、作品の中に「新しさ」が生み出されるのではないかと考えている。

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